2007.12.19

「千の風になって」

師走も20日過ぎ、今年のあれやこれやを振りかえりたくなる頃でもあります。
今年、よく耳にした曲はと言うとやはりこの曲になるんでしょうね。
秋川雅史さんの「千の風になって」
第40回オリコン年間ランキング2007発表 シングル年間1位「千の風になって」(オリコン) - Yahoo!ニュース
♪そこに私は居ません。
眠ってなんかいません。
千の風になて・・・・・♪
この歌詞は心に響くものが有りました。
今まで自分が持っていた「死」と言う観念が完全に覆されたくらいの衝撃を感じたのでした。
死んでしまえば全てが無くなる。
影も形も一切合財、形をなくす。後には何も残ることは無い。
それが今までの僕のもっていた死生感でした。

この歌を聴いてふと思い浮かんだのが冒険家・植村直己氏と小説家・開高健氏でした。
ともに世界を股に掛け、僕らが出来ないことを見聞きし、体験し紹介してくれた、いつも「青年よ」と呼びかけてくれていた二人。
彼らはやはり墓の下でのうのうと眠ってはいないんだろうなと思った訳です。
植村氏は世界の高峰を、開高氏はモンゴルの草原を駆けているんだろうなと、この歌を聴いて思えました。
Kaikou
Uemura
今の僕は、植村さんが厳冬のマッキンリーに消えた歳をいくつか過ぎ、同じ歳の頃の開高氏は『玉、砕ける』で川端康成文学賞を受賞、円熟期で有ったし、なおも活発に活動していました。
老成しちゃ遺憾のです。
まだまだこれからも新しいことに向かっていかなければならない歳なんです。
死んじゃってもなおかつ野原を駆け巡ってやろうと言う迫力を持ち続けたい。

まぁその不治の病にかかったというわけではないんです。
中途半端なベテラン意識が頭をもたげ、なんとなく落ち着いちゃっている自分に褐を入れたい。
そんな事を思う年の瀬なのです。

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2006.12.09

For the Kaiko

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久し振りにWILD TURKEYを買う。
今日はストレート、勿論チェイサーなしの生一本。
今日の二杯は自分の為に、一杯は偉大なる作家の為に。

そう十二月九日は作家開高健の命日。
開高氏が1989年に没して、早17年。
先日のヘボヘボ会の景品で頂いた高橋昇著『開高健 夢駆ける草原』を読んでいる最中。
その中でモンゴル釣行のビデオはモンゴル国内でも放映されたことを知る。
開高氏がタイメンをリリースする時の「チンギス・ハーンの物はチンギス・ハーンに、モンゴルのものはモンゴル」にと言う有名な台詞は、当時社会主義国家だったモンゴル人民に民族の誇りを思い出させるきっかけになったと有りました。
全てが真実ではないにしても、同じ顔をしている一人の日本人作家が、当時タブーとされていた「チンギス・ハーン」の名を堂々と口に出し手入る姿を見て、我らが英雄を、ナショナリズムを思い起こさないことはないだろうと思います。
最後の最後まで、チンギス・ハーンの墓稜を捜すと言う計画を練っていた開高氏。
帯の「これで三十年生きていられるデ、夢を食ってナ。」
見つけて欲しかったなと思うと、三杯の予定のバーボンが五杯六杯となって行くのである。

茅ヶ崎の開高記念館、そして北鎌倉の円覚寺松嶺院。
決して遠い距離ではないので今年の暮れ前に訪れてみたいと思っています。

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2006.03.19

私の開高健コレクシヲン

06031751
只今引越しのための梱包中。
本棚に入っている本をまとめるのがいちばん厄介だったりします。
開高本、自分でもどれくらいの量があるか分からなかったのですが、梱包ついでに数えてみることに。
単行本35冊、文庫本55冊。
よくも集めたし、良く読んだと思います。
その他の本や雑誌、捨てられるだけ捨てていますがダンボール小12箱、う~~ん。

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2005.10.20

久しぶりの開高本

051020_1423001『旅人 開高健』高橋曻著、つり人社発行
久しぶりの開高本です。
ご存知、著者高橋曻氏は「オーパ!」シリーズでアラスカ、モンゴルなどこのシリーズ中、作家開高氏にカメラマンとして随行されています。
その「オーパ!」シリーズで使われた多くの写真と、旅先での開高氏との思い出とエピソードがいっぱい詰まっっているのがこの本です。
旅を供にした者でしか分かり得ない、生身の等身大の作家の姿がそこにはあります。

元号が昭和から平成に変わった1989年に暮れ、12月9日食道腫瘍に肺炎を併発し逝かれた開高氏。
没後16年、ようやくにして久しぶりのそして最後になるであろう開高健本です。
帯にはこうあります。
「ええか、男はナ、
上を見て生き、
下を見て暮らさないかんのヤ。
そういうこっちゃ。」

とある、ぐぐっと来るものがある。
数年前にベトナムのベトコントンネルの全容が明らかになったというNEWSが流れたとき、開高氏が生きていてたらどんなコメントをしてくれただろうと思ったものでした。
そしてソビエト崩壊、東欧の民主化。
今回の湾岸戦争、イラク戦争。
モンゴル草原でのチンギス・ハーンの墓陵の発見。
川辺ダムの問題、外来生物法。
庶民の夢を金で解決しようとする今のご時世を
開高節でばっさり斬って欲しかったなと思うのであります。
昭和と共に去って逝ってしまった作家、やはり早過ぎる死でした。

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2004.12.09

開高健没後15年


1989年、昭和と平成のまたがったこの年の今日12月9日、小説家開高健は食道癌に肺炎を併発して亡くなりました。享年58歳。
彼を想い、感慨にふけるのはやはりウヰスキーのストレートをキュッと口にしたほうが良さそうである。
氏の文章は時代と共に風化するどころか、何度読み返してもその豊潤な表現に驚かされてしまうのである。
前に読んだときよりも次に読んだ時の方が文節の間にある深い意味が見えてくるから不思議である。
生前の開高氏はモンゴルのチンギス・ハーンの稜墓を捜すプロジェクトに心を傾けていました。
その稜墓が近年見つかったと言うニュース、氏が生きていたら真っ先に飛んでいくのではなかったカナと思われます。
釣行記はここで触れずとも多くの人を魅了し、その言葉の深さに頷かれていることだと思います。
僕は氏の書いた「ヴェトナム戦記」は今だからこそ読まれるべきではないかと、
あのおろかな戦争をどちらに付くわけでもなく覚めた目で戦争を捉えている、戦いそのものの理不尽さをたんたんと問いかけている。
アメリカは同じ間違いをイラクでしているのでは無いだろうか。
正義を振りかざすあまり民衆をどんどん敵に廻しているようにしか思えないのである。
戦うことの無常さ、「ベトナム戦記」から「輝ける闇」と合わせ読むとルポと小説の違いも読み取れると思います。
ヴェトナムがある程度開かれた時に公開された「ヴェトコン・トンネル」、その地中に張り巡らされたトンネル網の凄さを目の当たりにし、その時ほど開高氏が生きていてくれたらなぁ、どんなコメントをしてくれるだろうと残念に思いました。
昭和と共に生きた小説家・開高健、ダンディズムを貫き、マンとしての骨格を同胞に示してくれた男、自分がおいそれと経験出来ないことを小説に紀行文にと紹介してくれた僕の「心の師」
いざ鎌倉へ、開高氏に会いたくなりました。
開高健記念館

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2004.06.22

釣りの日のラッキーストライク

morioさんのピースの記事のコメントに「ねTomcas23さん」とありましたので・・・。
普段吸っているのはセブンスターです。
しかし釣りに行く日に限ってラッキーストライクを買うようにしています。
これは釣り師開高健氏がかつてそうしていたこともあり、ゲン担ぎに本日釣れます様にのおまじない的なところがあります。
ピースのハトとラッキーストライクの日の丸のデザインはレーモンド・ロウイーとのことです。
色々なラッキーストライクを釣り場に持って行きましたが
今年に成って発売された「1916復刻版」が最近のお気に入りです。
luckystrike
一緒に写っている釣り師の人形は以前エントリーしたノルマンディーでのお土産。
北仏に行って土産がこれかいと良く言われたものでした。

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2004.06.17

感謝と御礼の言葉に代えて

前に開高健氏の本についてエントリーさせて頂きました。
その記事を見たお知り合いの方から「私の持っている開高氏の本を僕に上げます」とお話を頂きました。
その本が先日我が家に届きました。

「もっと遠く!」「もっと広く!」開高健著/水村孝写真/朝日新聞社発行、A4W版です。
北米アラスカから南米マゼラン海峡までの52,340Kmを8ヶ月かけて釣りレポのために走破した貴重な記録書でもあります。
コマーシャリズムに乗っていない開高氏の釣り文学の中でも一番生き生きと釣りをしている作品でもあります。
VAYA  CON DIOS(神とともに行け)の言葉で締めくくられています。

文庫本では感じ得なかった色・迫力が今新たに伝わってきます。

今回はあえて頂いた方のお名前は伏せさせて頂きました。
その方からは
「お返しは結構です、お気持ちだけ頂戴しておきます。
もし機会があったなら、○○好きな誰かに別な形でお返しをお願いします。
感動とお礼は持ち回りでいきましょう。(一部訂正)

本当にありがとうございました、この本手垢でネトネトになるくらい読み込んで見たいと思っています。
感謝と御礼の言葉に代えてのエントリーです。


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2004.05.10

この世からZIPPOがなくなったら煙草やめるよ

すぎ式sugiさんのエントリー『僕がタバコを止められない理由』
で、「もしタバコを止めて、毎日聞いているカチッという音が日常から消えてしまったらなんて寂しい事でしょう。
そんなわけで僕も油井さんと同じくタバコを止められない理由が『ジッポが使えなくなるか』」ということなのです。」
と有りました。
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思わず「そうなのよ~。」
開高健氏の著で『生物としての静物』と言うのがあります。
その中でZIPPOについて「アラスカからフェゴ島までの両大陸縦断の旅行は九ヶ月かかったけれど、このライターは毎日毎日、ジャングルで、砂漠で、シャツのポケットで、ジーパンのポケットで、酷使と隷従をしいられたのに、ついに一度も脱走することなく、トーキョーへもどってきた。
不屈で、寡黙だがお呼びにはいつでも一度でこたえ、忍耐強く、誠実であり、
けっして裏切る事もなければ、ふくれっつらで黙りこむこともなかった。
こうなれば、もう、事物ではない。指の一本である。頭もあれば心もある指の一本で有る。」
まさに無くてはならないものなのであります。
そして煙草代に使ったお金は惜しくないが失くしたライターについては実に惜しいともありました。

今までに何個のZIPPOを失くしたことでしょう。
SKI場で飲み屋で山で川で、TRUSTのロゴマーク入り、プライヤー、シルバー製、ショットバーの記念品、
・・・・多々。
かれこれZIPPO持ちたさに煙草吸い始めて四半世紀、失くしたその数両手でも足りません。

かろじて手元に残っているのが4つ。一つは焚き火の中に落としてボーボー燃えた奴。
全くのノーマル品。「CATCH&RELEASE]と入ったもの。
最近はアメリカ文化を嫌うフランスで買った真鍮製のエッフェル塔が刻印されているものを愛用しています。
もちろんMADE IN U・S・A、その皮肉性が気に入っています。
妻から「あなたがもし肺がんになったとき私は一切の介護を拒否します。」と言われても
娘にファブリーズを吹き付けられても、煙草をやめないのはZIPPOを持っていたいからなのです。

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2004.04.23

花終る闇

今月初めから追い続けてきた「御衣黄」
昨日の夕方様子を見に行きましたが、若葉茂り、花が咲いて残っている所を捜すのにも一苦労。
いよいよお別れの時が来たんだなと言葉を告げます。
「楽しませてくれてありがとう。」
昨日の夜の強風でもう残っている花は皆無となっていることでしょう。
好きな作家・開高健氏の未完の小説のタイトルお借りしました。

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2004.04.11

開高健本

妻の実家が引っ越すことになり、今まで預け放しに成っていた箪笥2竿と妻の思い出の品々が明日こちらへやってきます。
朝から家の中の模様替えをしているのですが、仕舞い込まれていた開高健の本がようやくての届く所に置けそうです。
思えば本に対してかなりの投資。
絶版に成っている本もあり、オークションに出せばかなりになるカナと思うのですが、出すことは無いと思います。

しかし家の中の模様替え「答えの出ないパズル」をやっているようデス。
その心は終わりそうにもない。(涙)

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