なりふり構わずのフライパッチ
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朝5時前に起き出して、さぁ湯川と思いましたが中流域で楽しみたいので今日も忍野に。
富士山はいいね~。
富士山を見にここまで来ている感も有る。
家を出たのが一時過ぎで、ここに着いたのが既に2時半。

懲りずに忍野堰堤下に入りますが、今回は下からじゃなくてダイレクトに堰堤下に。
僕が着いてから餌釣りの方が降りて来たので間一髪間に合った感が有る。
「フライの人は上でやればいいじゃん、」
「嫌です、上だと届きません」
この狭い所で抜かれたら、次の楽しみがなくなります。
そうは行っても次の時には抜かれちゃっているんだろうな。

本日の一匹目はブラウン。
元気にライズしていたのですぐにきた。

岩魚かと思っていたけど、よくよく見るとブルックだね、これは。

レインボーの仔、このサイズが出て合わせると飛んできます。

これは岩魚ですね。

大小取り混ぜて20匹位遊んでくれました。
イブの場所がなくなると困るので急いで富士急裏に。
うわ~人ふがいっぱいと思ったら渡辺さんのスクールのようでした。
たまたま富士急の二番が空いているので、すぐさま入ります。
珍しくイブのフライが合っていたようで、型は出なかったけれど数で楽しめました。



黄金色のブラウンは今日も派手なパフォーマンスを見せつけた。
対岸のワンドの中で一回だけ全身を見せる派手なライズ。
遠目に見て体高12cm以上、いつかネットに入れてやるぜ~。
しかしあそこまでは届きませんね。
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妻のスマートフォンに残っていた最後の画像。
一年前、何を想いながらこの写真を撮っていたんだろう。
僕とは真逆でブログとかSNSなどのネットの世界とは全く無縁で、人物以外にはカメラを向けなかった人だった。
残されていたた画像は全て娘との旅行とかばかりだった。
この前の鎌倉ドライブで娘は五年生になって始まった反抗期が収まり切らないうちに、母親を見送ってしまった事を大いに悔やんでいると初めて打ち明けてくれた。
「まあ、そのなんだ。普通なら経験出来ずにいた事をママは経験出来たのだから、それはそれで良かったんじゃ無い?」と娘には伝えました。
亡くしてからずっとタイトルの「MOTTO」と言う言葉が頭の中に有る。
もっと大事にしてあげれば良かったな〜。
もっと大切にすれば良かったな〜。
もっと旅行やキャンプに行きたかったな〜。
もっと愛する事が出来たよな〜。
もっと笑かしてやりたかったな〜。
もっともっともっと‥‥
出来なかった事を数え始めたら、キリが無いのを分かってはいるはずなのにマイナススパイラルに陥る事かしばしば有った。
やはりこの前のドライブ中の会話の中で、娘は去年のパパとママの姿はとても素敵だったよと言ってくれた。
残り少ない生を惜しむようにママは甘え頼りにしていて、パパは懸命にそれに応えていたから、とても羨ましいいい夫婦に見えたとの事。
一番身近な娘に夫婦の在り方を教えられたんだろうか、だとすれは妻の死は決して無駄じゃ無い気がする。
今は出来なかった事を教える事はしないようにしている。
数少ないけれど、出来た事を数えている。
圧倒的シンキングポジティブだった妻にはそうする事で応えたい。
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今日はこれくらいにしてやるぜ、言ってはみたがフラフラな感じで家にたどり着いたのは一時過ぎ。
「ワイルドだぜ〜」とコンビニ弁当食べ終わったら風呂にも入らずそのままベッドにダウン。
仮眠のバズが爆睡。
明日予定していた娘との買い物や散髪を今日にして、釣りは明日の予定。
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昨日は半日寝て少し元気回復。
元気になれば、行きます釣り場へ。
早朝に起きたもののもう少し寝ていたかったので二度寝。
忍野には昼到着でした。


解禁早々から入りたかったのですが、なかなか入れなかった忍野堰堤の下流。
昨年秋のの二つの大型台風でかなりの量の鱒たちが園庭を超えて流されていたハズで、でかいブラウンが釣れたとか老人が流されたとか、ちょっと気に成っていました。
橋から入渓して釣り上がる、ちょっと忍野っぽく無い風景。
途中で小さいののライズに嵌るが取れず、後はいるの鯉ばかりで、釣りになったのは取水堰堤下。
ドンピシャなフライで無いらしく、半信半疑でフライに出るので喰いが浅く、バラシの連発。
ようやく岩魚をネットイン。

ちっちゃいのも釣れた。


富士急に向かうと丁度二番が開いたのですかさず入ります。
音無し状態、ライズも散発でいまいち。
ここでも堰堤下と同じようにドンピシャなフライで無いので同じ様にバラシの連発。
代わる代わる人の入る裏一は好調なようで、ルアーマンは6連発位釣って満足して引き上げて行った。
今日も黄金に輝く50cmオーバーのブラウンに会う。
前々回はフライ直前でストップモーション!、前回は鉤掛かりしたのにバレた、今回はその堂々とした体躯をフル見せしてのライズ。
ご挨拶されてしまったかのようだ。
何とか仕留めたくてが忍野に頻繁に来ている理由にもなっている。
イブもざわつくのだけど、フライ選定出来ず。

レインボー一匹追加したのみ。
5月らしからぬ寒い忍野でしたが、釣果もまた寒いもので終わりました。
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懸命に思い出そうとしているのに、どうにも思い出せない事が有る。
昨年最後の家族旅行から帰ると、妻はどんどん食べられなくなり始めた。
腫れ上がった肝臓のせいでリンパ節が圧迫され、リンパの流れが止まり小腸が機能しないため、食べる事もままならない状態と担当の医師から説明を受けた。
食べたくても体が受け付けてくれないのである。
食いしん坊な人だった、体重が倍の僕と同等もしくは僕以上に食べた。
美味しい物には目がなかった。
そんな彼女が食べられないってことは人生の楽しみの半分を無くしたような事だったろう。
自分が食べられなくても妻は入院する5月20日まで、僕と娘の為に料理を作り続けてくれた。
体調が辛い時は代わりに僕が作ったりもしていたが、自分の持っているレパートリーを惜しみなく出していてくれたと思う。
思い出したくても思い出せないと言うのが、妻が最後に作ってくれた料理がなんだったかと言う事。
葬儀が終わって娘に「ママが最後に作ってくれた料理は何だった?」と聞いたのだが、娘の記憶も曖昧ではっきり覚えて居なかった。
ふとしたときに思い出そうとするのだけど、未だに思い出せない。
なんだったんだろう。
優しい味がしたんだよな、きっと。
根菜の煮物だっただろうか。
ハッシュドビーフだったろうか。
クリームシチューだったろうか。
カレーだったろうか。
麺類と肉料理・魚料理、中華風の炒め物は僕の担当だった。
煮物系だと思うのだけれど、
いつか思い出す事があるのだろうか。
覚えていない自分が悲しい。
あんたらしいはと言っているのかな。
システム手帳のカレンダーは毎年新しい年の始まりに昨年のは捨てていたのだけれど、
妻が発症した2008年以降のカレンダーはずっと残されたままだ。
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平日休みなんて滅多には無いので、娘を送り出して洗濯干していそいそと忍野へ。
連休明けなので東名高速もすいていて、自宅から1時間ちょいで旧富士急に到着。

全く誰一人居ないかとおもいきや、10数人の釣り人はいたのかな。
それでも入るポイントを探すのに苦労した昨日(大臼荘の女将さん談)とは違い好きな所に入れます。
まずは富士急の2番。

30分以上掛かってようやくの一匹。
目立ったハッチも無くライズがほとんど有りません。
仕方ないので沈めてみると、元気なレインボー。

またまた金色に輝く大型のブラウンが出てきた、フライに食いつく寸前に見切られた。
どうしてもあいつはいつか釣りたいです。
今年はまだ、金田一より上流に行って無いので、さかな公園の駐車場に移動。
久し振りに大臼荘での食事、おつまみに串かつ・青唐辛子の味噌漬け・山中湖のワカサギの天ぷら・お新香が頼んだメニュー以外に出されるので、ついビールを頼んじゃいます。
で天ぷら+山菜うどん、天ぷらも行者にんにくのかき揚げとタラの芽、これで600円でした。

温泉裏で時折ライズはあるものの、なかなかフッキングには至らず、ここではやっと二匹釣れたのみ。

でも鰭がしゃんとしていて、サイズ以上のファイト振りで楽しめた一匹でした。
金田一橋上流。

全然ダメ、やる気の有る鱒が見つからない。
イブニングに裏一に、今年4回目にしてようやく入れました。

今年初の岩魚、このクネクネ感が堪らないです。
18時半、水面がざわついてライズがあちこちで起きる。
今回もヒゲナガと決め打ちしますが完全にスカ、全く見向きもされない。
仲間から後で聞くところに依ると、ヒゲナガは出るものの季節が進むと共に出る時間が遅くなるらしい。
水面上にはどう目を凝らしても虫の姿は見えず、水面直下に何かが流れているらしい。
苦し紛れにオドリバエ、一発で出たりするが後が続かない。
羽蟻と読んだが戦略ミス。
辺りも暗くなった19時半、大型のカディスにレインボーが出てようやく「ツ抜け」。

その後も一匹追加して、納竿。
今考えるとこの時間がヒゲナガだったのだろう。
水面直下の釣り、やはり課題になった。
真っ暗な中をヘッドライトを頼りに駐車場に、閉館時間を過ぎているのですごすご出車。
身支度を終えて20時に出発、21時には自宅でビールが飲めた。
平日の釣り、いーですは。
そう言えば大臼荘の女将さんによると、今年は初めて忍野に来たと言う人が多いとのこと。
栃木・福島の方面からみえる方が多いんだそうです。
理由はもう、あれしか有りません。
口に出すのも腹立たしいので割愛。
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魚の画像ばっかりだったので湯川の景色。
解禁の楽しさから1時間も寝れたかどうか。
3時に出発して、5時ちょっと過ぎには赤沼茶屋に到着。
大雨は通り過ぎ、朝には少しの雨で晴れると信じていましたが、晴れる気配が無い。
恨めし気味に窓から外を眺める。

湯滝の流れは轟々と激しい。
湯川の流れも太く早い、いつもなら簡単に渡れる所藻一歩一歩気を付けないと流されそうでした。

雨の間はほとんど景色にカメラを向ける事も無く、昼過ぎにちょっとした晴れ間が嬉しい。
やっと晴れると思ったのも束の間、すぐに太陽は雲の中に隠れる。

晴れた日に川原で亀が甲羅干しする気分が分る、少しの太陽に濡れた服が乾かないかと日の光に当たる。


上流部の混雑が予想されたので、三本松茶屋に車を置き光徳経由で小田代橋に向かう。
初めてのアプローチだが、釣れて入れば楽しい道のりだったかも知れない。
小田代周辺は魚っ気無し、まだここまでは降りて来て居ないのだろうか。
記憶の中のポイントを探るが姿すら見えなかった。

泉門池から禁漁部まで行って見たが、結果は同じ。

光徳への木道からの男体山。
結果が出なかった分思い足取りでの帰り道。
多分このアプローチはしないと思う。

中流域の流れは、トロトロのお汁粉状態に濁りが出ている。
上流部の堆積していた落ち葉が燃えカスの様な色で細々と流れてくる。
去年の台風、今年の春の大雨と川底にはかなりの土砂が溜まっている。
その川底の土砂が水流に依って舞いあげられさらに濁りを増して流れて行く。
これでは、ちょっとまとまった雨が降る度に、中流域は濁ってしまうのではないだろうか。

青木橋の上流、ストレートもS字も濁りが出ている。
一帯の藪もさらに濃く成った様な気がする。
最盛期のアプローチも大変そうだ。

青木橋の上は右岸がかなりえぐり取られている。
岸から硬い所へ出ようと浅い砂場に足を出すと、底なしの砂場に足が膝上まで沈む。
透明度20cm。
梅花藻の姿も見えない。
土砂に埋まってしまったのだろうか、単に濁りで見えないのか。

青木橋下流。
魚っ気無し、釣り人の姿無し。ハッチも無ければライズも当然無い。
この濁りは取れるのだろうか。
ブルックは川を下り、最盛期に楽しい釣りの相手をしてくれるのだろうか。
ちょっと心配では有る。
それに加えて上流部の落ち鱒の多さにはちょっと驚きである。
50cmのレインボーは18cmのブルックを喰っちまうのではないだろうか。
去年産卵され孵化したブルックの稚魚はいい餌になってしまったのではないだろうか。
それもかなり心配の種なので有ります。
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雨で存分な釣りが出来なかったので、居残り。
一応シングルテントや寝袋も用意はしていたけど、菖蒲ヶ浜キャンプ場は車の置き場所が無い位の混みよう。
湯元温泉街の宿泊案内所に行ってみましたが、GWの最中空き部屋なんぞ有るわけもなく、車中泊と成りました。
ただ夜中の突風は吹くは雨は降るは気温は急激に下がるはで、キャンプは避けて正解だった。温泉には入りたかったけどね。
朝早くから起き出してましたが、寒さで今一気が乗らず、のんびり釣り開始。
混雑必至の最上部を避けて光徳からのアプローチ、小田代橋周辺で楽しんでみようと思いましたが、全く魚っ気無し。
まだここまでも降りてきてはいないようでした、倍の徒労感ありありで三本松茶屋まで戻ります。
遠い‥‥。
温かいソバで腹を満たし赤沼から釣り上がりですが、かつて無い位の濁り様。
アマゾン川並み(見たことはないが)のお汁粉トロトロ状態、上流部から川底の堆積物が巻き上げられて流れてきているのと、中流域の溜まってしまった土砂が巻き上げられて、さらに濁りを呼んでいる感じ。
青木橋周辺、ストレート・S字と藪こぎして様子見してみますが、濁って無い所が無い。
3時過ぎまでさまよい歩いたが、魚っ気全く無し。
魚も釣り人もライズもハッチも、何も無いったら無い。
上流部に行きました、知り合いが居たので滝下のポイントを譲って貰ってようやくの一匹ですが、またまたレインボー。
知り合いが居なければポイント難民になりかねない混雑振りでした。
六時まで粘りましたが、散々釣られた後でブルックには会えませんでした。
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3月の8回目の、4月の9回目の月命日。
月日の流れる速さが余りにも早い。
3月は家族の行事が多かったので、妻がいない事を痛切に思い知らされた。
ひな祭り、ホワイトデー、僕の誕生日。娘の卒業式。
娘の小学校の卒業式は「見せたかった」と言う想いが強く、こらえても涙は溢れるばかりだった。
フラフラな精神状態で過ぎた一ヶ月だったかな、体調も崩したが休めぬ状況で仕事した。
4月になると新しい季節と言うことで、気持ちは切り替わった様な気がする。
そう新しい時代、節目でも有る。
そして5月。
10回目の月命日。
毎年GWはキャンプに行くか、旅行したりして14年分の思い出がたっぷり詰まっている。
去年の記事の書き出し。
結婚前に2人で行った高山にまた行きたいねと言う話になった。
ただし娘の学校もありGWの最盛期の5/3~5の予定。
決めるのが遅かったので宿を決めるのに大分奔走しました、あっ僕ではなく嫁さんがです。
妻の病状を妻の希望も有って公には出来ずにいたので、さらりと書いた。
本当は、家族で行けるのはきっと最後だと思う。
なのでGWは是が非でもみんなと旅行の行きたいと言う強い希望が有った。
そして初めて二人で訪れた高山へ向かった。
上高地ではずっと手を繋いで歩いた。
長時間のドライブはやはり体にキツかったようだ。
2日目3日目の高山では不思議なくらいによく歩いていた。
ウィンドーショッピングが好きで、特に雑貨や工芸品には並々ならぬ興味がある人だったので時間を惜しんで高山の街を堪能した。
1日6~7時間は歩いていた。
まさかこれが本当に最後の旅行になるとは思って無かった。

200枚以上の写真がこの旅行で残った。
どの写真にも全て妻の笑顔がある。
嬉しかったんだと思うし、楽しんでくれたんだと思う。
いい旅行だった。
旅行から帰ってきてから半月後には妻の衰弱が始まった。
これからの2ヶ月は病んで衰えて苦しんで逝く妻の姿を思い出すことだろう。
昨年の時系列をずっと思い辿ることだろう。
それも供養の一つなのかな。
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