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2011.10.13

三ヶ月そして百か日


三ヶ月が経ちました。
月が3つと季節が一つ変わった。
ついこの間のような気もするし、かなり長い時間が経ったようにも感じられます。
娘に聞くとと一年も二年も経ったような気がするとの事。
小学生の生活は日々新しい事との出会いで、懸命に生きていて、日々記憶が刷新されて、大人との時間の感覚はかなり違うようです。
現に修学旅行ではリクレーションの出し物のために、AKB48の4曲分の振りをマスターし、クラスメイトに指導したり地区の運動会のチアガールに参加したり、ピアノの発表会の練習とかなり忙しく過ごしています。

大人はそれほど激しく何かが刷新される訳は無く、思い出の海の中をもがきながら進んでいる感が有ります。

3年前、担当の医師からら「覚悟して欲しい」と言われていた。
大手術もリンパ節にタコ足のように張り付いた腫瘍を見たとき、すでに全身に腫瘍の分子はばら撒かれていると、
妻は長くは生きられないと。

その当時、僕は少しでもブログを通じて治療薬すら研究されていない現状を何とかして欲しいと声を上げたかったのだが、妻よりそれは制止された。
個人情報は絶対に漏らしてくれるなと、ネット社会が嫌いな人だったので、僕は黙った。

覚悟はした。
しかし、亡くなってからのことには全く覚悟が出来ていなかったようです。

心の中にポッカリ開いてしまった穴の大きさがこんなに大きいものだとは思わなかった。
悲しくて悲しくて悲しくて、
寂しくて寂しくて、
ああこんな事が有ったな、あんな事が有ったなと思い出しているのだけれど、既に亡くなってしまっている事実に気付いて愕然とする。
どん底の気持ちを盛り上げようともがいてあがいてまた傷ついての繰り返し。

妻の笑顔を思い出す。
必ず思い出すのは最後の入院のベッドの上にちょこんと座って「明日も急いで来るから。」と言った時に「うん、待ってるね。」と返してくれたときの笑顔。
やせ細ってしまっていたけど、満面の笑顔だった。
16年間たくさんの笑顔を貰っていたけど、アルバムを見返し病む前の笑顔を心に刻み込むのだけど、妻の笑顔を思い出すとやはりベッドでの笑顔になってしまう。
でも最近になってあの笑顔こそが、最期の時間の中で懸命に甘えてくれて、信頼も愛情も回復して過ごせたからもらえた笑顔なんだと思うようになった。
だからあの笑顔が心に刻まれたんだと思う。

百か日法要のことを「出苦忌(しゅっくき)」または「卒哭忌(そつこくき)」とも言います。百か日法要は故人を失ったことから、悲しみ泣き明かした日々に一度気持ちの整理をし悲しみから卒業するための法要でもあります。
特に法要をしなかったが、百か日を迎えた。
落ち着いたようで心は全然落ち着いていないし。
痛んだ心が癒えたかと言えばなかなか癒えはしないけど。
それでも何とか成仏だけはしっかりしてもらいたくて、彼女が望むことは何だろうと必死に考える。
妻は生前、同じ病室の方に、ここから見えるマンションは夫も携わっていたんですよと嬉しそうに話していたという事を後で知りました。
いつの時代でも必ず完成した物件を嬉しそうに見に来てくれていましたっけ。
僕が出来るのは娘に不自由な想いをさせないように仕事を頑張って、沢山の建物を作った事を霊前に報告しよう。
元気で娘と仲良く暮らしている事や、日々の出来事を報告して、この世に未練を残さないよう安心して成仏できるようにしよう。
僕と娘はそうしている。
ただ二人だけがそうしていてもなかなか成仏できないのではないかと時々思う事が有る。

ただ聴けば涙ポロポロだったJUJUのアルバム「YOU」も、最近では泣かずに聞けるようになりました。

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