夜遊びしていたら
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photo by Tirai Yo
この時期恒例になりつつあるヘボヘボ会のオフ会。
三回目の今回はレイクウッドから、シャロムの森に場所を変えて行われました。
久し振りのシャロムと張り切って、まずは土曜日に集まっているトーマスさんたちに会いに行こうと思っていましたが、家族の買出しとかで出発は4時半。
下道専門なので約156kmの道のり。
夜中なら4時間もあれば着くのですが、夕方の渋滞に嵌ってしまって、なかなか進まず。
さらには沢入に入ってから一箇所のT字路、右に突っ走りました。
根本山の登山道口・・・だって。
完全な林道に入りこんで、Uターンしたくてもする場所も無く、暗闇の雨の中のダートをバックで戻ります。
かなりのスリル感大有りでした。
暗黒の世界は落ちてくる朴葉一枚にもドキリとさせられます。
闇の中で目を光らせる鹿に出くわすとこれまた恐怖・・・。
結局山猫軒についたのは 10時もかなり廻った頃でした。
夜はshikadaシェフが腕を振るってくれた料理を肴に、red-beanさん持込のビールサーバーで生ビール、知来さん・komさん・宴会要員shojiさん・para-miyukiさん、親父トークに親父ギャグ、#★&%$□(自主規制・・・)満載で深夜まで・・・
初めて山猫軒に泊まりましたが2階が結構広いのにはびっくり。
数本の焼酎ボトルの空瓶が転がる頃に皆で爆睡。
かなりぐっすり寝れました。
翌朝栃木組のくろやん・yasuさんが、正月以来久し振りのdadlifeさん、今回初参加のshinodaさんとcaroさんとOhmoriさんが合流して川割り。
前日トーマスさんに聞いた大きな山女が荒食い態勢なんて情報に、かなり入れ込んでました。
MTBには乗らず入渓点までの歩き、日頃の運動不足に二股まで歩くと、結構汗が出ます。
Photo by yasuさん
僕らはR-1から、下の方が言いと聞いていましたが、合流のさらにしたあたりが終了間際に入ってみて魚影が濃かったので、僕のチョイスミスでした。
途中まで魚影全然見かけません。
走るヤツもいない。
yasuさんと変わる変わる前に進むも、ピクリとも反応なし。
淵に1~2匹いますがやはりスプーキー。
大体ヒゲナガフライ付けるけてるってのもなんですが。
コカゲロウがいいだろうと思ってはいたものの、作ったフライのテストも兼ねてしばらくはヒゲナガ・・・
よく浮き、引っ張ればいい感じのフラッタリングも演出できてなかなか良かったです。
林道に上がり先行して山女を確認しつつキャストしますが、第一投目で山女が沈みます。
天気も曇り時々晴れ間が見えたりしていい条件なのですが・・・
コカゲのコンパラにフライを変えてみますが、手持ちのコンパら、酷使した物ばかりで今一。
R-3までとうとう反応する山女は一匹もなし。
掛け損ねたとかそんなのも一切無し。
yasuさんに一回ポチョット出ただけ。
完敗・・・
手も足も出せず。
足掛け4年・・・未だにシャロムの山女と岩魚に出会えてません。
林道から川を覗き込んでいると、一瞬山が身震いしたような感じを受けた。
その瞬間廻りの木々全てが一斉に静かに葉を落とし始めました。
落葉の雨が降り注いでいるようで、それが全く音のしない世界。
葉っぱははらはらとは落ちないんですね、雪が降るように無音の静寂。
幻想的でもあり不思議な光景でした。
終了間際に合流点下にナントカの一匹を求めますが、TimeUp。
でもね夜になり山猫軒に数匹の本物のヒゲナガも飛来して来たのですよ。
大物のいるところでヒゲナガも面白かったかもと思うと残念。
三度目の正直の大坊主。
来年は山女釣りの修行をしたいと思います。
para-miyukiさんの記事に写っていた自分の笑顔。
自分で言うのもなんですがいい笑顔をしています。
いい一日だったんだと思います。
帰りの407号線、今回は間違えることも無く無事帰宅。それでも4時間半近い時間がかかりますが。
また皆様ご一緒しましょう。
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前編を映画館で見損なっていました。
あの映画に出てくる時代はちょうど僕が生まれる前の年の出来事で、東京そのものが変わっていく分岐点だった頃になると思います。
江戸川の小松川で生まれた僕は、母親の背中で荒川の土手の上から何度と無く夕陽を背にした東京タワーを見ていたと思うのです。
「ほ~ら、大きいのができたね~」などと言う言葉を聴いていたことでしょう。
そんな体験は、夕陽の中の東京タワーになぜか郷愁を覚えてしまう僕を作り上げたんだと思います。
首都高速の出来る前の日本橋、したの神田川の支流なのかな?が黒く淀んではおらず、さらさらと流れのある川に描かれていたのは印象的でした。
ちょうどあの川の岸に叔父夫婦が住み込みで働いていて、小学校に入る前の頃ちょくちょく遊びに行っていたのを映画を見ながら思い出しました。
ただ違うのはあんなに開けた風景は見れなかったので、調べて見ると1963年に日本橋周辺の首都高開通と有ったので、すでに川岸はすっぽり巨大な屋根に覆われていた頃なんだなと分かる。
ストーリーを別にして、描かれている時代背景があまりに懐かしく、それだけで涙腺が緩んでいました。
機械オイルのにおい・・・・親父の作業着のにおい
でっかい夕陽・・・東京にも地平線があったのさ。
東京タワー・・・今でも見ると嬉しい。
マツダのオート三輪・・・1歳の頃のこの車のハンドルを握っている写真がある。
都電・・・運転席の後に張り付いていたさ。
タバコ屋・・・子供の頃は子供が親のおつかいでタバコ屋にいってたのさ。
羽田空港・・・・飛行機見るのと、飛ばない飛行機に乗せてもらっていたさ。
とうに消え去っているはずの記憶が、何処からか引き出されてくるような感じでした。
ストーリー・・・
世の中なんてそういうものさって、仕方ないさって、ずるく賢くなった自分で妙に納得していたが、へえ~そう来たか。
あとは劇場でどうぞ(笑)
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