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2006.04.10

僕が少年だった頃(21)-集団登校

娘が入園して翌日から歩いての登校が始まりました。
この地域では集団登校をしていくようです。
班長と副班長さんは5年生の男児で、その間に新入生3人と2年生・3年生各一人で皆女の子。
どうにも班長・副班長は照れくさいようです。
集団登校しょにちから防犯ベルをいたずらして鳴らしたりしたらしく、わーわーきゃーきゃー騒ぐ女の子達を引き連れていくのも大変でしょうね。

そんな風に学校へ行く娘を見て、そういえば僕が子供の頃もこの集団登校だったなと思い出しました。
当時通学経路を跨ぐように環状七号線が出来ました。
地域としては初めて大き目の道路が来たということでかなりナーバスになっていた様な気がします。
道路を横断してはいけないとか、必ず歩道橋を渡ることとか、かなりうるさく申し付けられた記憶が有ります。
登校班の班長になったのが5年生になった時で、どういうわけか近くの6年生が班長の班といつも登校時に競争していました。
6年生は「おまえは5年生なんだから、こっちをぬかすな」と文句を言っているのですが、こちらはお構いなし二抜かそうとするので、結局班長同士が競歩で競い合い、結果後の子供達が置いていかれることに気付いて、たちどまったような・・。
知り合いのお母さんに「宜しくね」と言われ、「よしっ僕は班長だ」と自覚したにも係らず・・・でした。
環七が来ても当時は車も少なかった時代で、たまに走ってくる車を見るのも楽しみだったような気がします。

下校は低学年児が一人で歩いていても、近所の商店の親父さんや地域の子供会の方が声を掛けていましたし、歩いている子供を見れば何処の誰と言うのがすぐ分かった時代。
抵抗力の無い子供に手を下すような時代ではなかった。
一人歩きさせてもそこには安心と言う文字が付いていました。
子供が学校の下校時に道草しながら、のんびり帰ってこれるそんな時代。
前にもこのシリーズで書きましたが都電脇の草むらにカタツムリを見つけて、1時間も2時間も眺めていたような子供がいても何にも起こらない。
公園や神社に子供ならではの宝物を見つけたり、下校する時には子供の世界がそこには有りました。

しかし何かが狂った今の時代、スーパーで一人離れることも、公園に一人行かせることも、下校時に一人歩きさせることも侭ならない。
我が家ではしばらく下校時は妻が学校の近くまで迎えに行くようにしました。
我が子の安全は自分達で確保しなければいけない時代、見知らぬ人と話しも出来ない時代、子供に道を聞いても答えてはくれない時代。
嫌な御時世であります。

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