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2005.12.16

僕が少年だった頃(20)-古川親水公園

僕が少年だった頃、通っている小学校の前には川があった。
その川沿いに歩いて右に曲がってしばらく行くと我が家であった。
その川の名前は古川。
旧江戸川と新川を結ぶ極々小さな川でしたが、高度成長という波にもまれ、そのつけが全て回されたように家庭からの汚水が垂れ流しにされていた川でした。
自転車は捨ててある、ありとあらゆるごみが捨てられ、3面護岸された小さな川は川と言うよりどぶと言った方が似合った排水路のようなものでした。
夏になると黒くタールのようになったヘドロのそこからゴボッゴボッとメタンガスが湧き出し、表面にある汚泥を割ることなく小さな輪を作るような、見るからに不気味で得たいの知れない恐怖を味わったりしました。
少年の頃の川の記憶はそんな汚れきった都市の川でしかないところが悲しいところです。
動物の死骸もあった、下水道から30cm近いようなドブネズミも良く顔を出し、汚泥の上を這い回ってまたどこかの排水管のなかに消えていきました。
野良犬が川に落ち、今ならレスキューが救助に来るかも知れませんが、あの頃はただただ見捨てられてもがきもがきタールで真っ黒になって日々時間とともにヘドロの中に沈んで行くのを見ているしかなかった。
あまりにも汚く、あまりにも臭く、そんな川に行政の手になる工事が入ります。
ようやく普及してきた下水道、区はその手始めにこの古川の地下に流れを作り、地表では綺麗な水を流し水に親しむ親水公園成るものをつくり始めました。
水は堰き止められ、底にたまったヘドロをパワーシャベルで掘ってはダンプの荷台に積み込みます。
今思えばあの時掻き出したヘドロは一体何処へ消えたんだろうと不思議ではあります。
ヘドロであふれた古川は、子供たちが水遊びの出来る古川親水公園として生まれ変わります。
小学校に通う間では、その完成を見ませんでしたが、中学の友人宅が川沿いにあったりしたので完成時にはその変貌ぶりは目を見張るものがありました。
その後区内では4つの親水公園、18の親水緑道が作られているそうです。

昭和48年、都会の中では回復不可能と思われていた"清流"がよみがえり、昭和49年5月には「全建賞」を受賞。また、昭和57年5月にはナイロビで開催された「国連人間環境会議」で紹介されるなど、国内はもとより世界各国で大きな反響をよんだ画期的な国内の親水公園第1号です。
子どもたちの水遊びに、また、花見や散歩など四季を通じてお楽しみください。
1974年完成,公園延長1200m,水源(旧江戸川)わが国初の親水公園として知られています.夏季には浄化処理水が通水され近隣の子供たちの遊び場にもなっています.護岸形状はやや人工的ながら,建設と同時に地元町会・自治会により「古川親水公園を愛する会」が結成されています。

調べてみると、わが国初の親水公園とのことでした。
そういえばこれが完成したとき、かなりにぎやかなオープンセレモニーなるものが開かれたような記憶があります。
完成した頃はもう中学生だったこともあり、この流れに靴を脱いで足を浸すと言うことはしていません。
たまに自転車で通りかかると小学校の低学年の子供たちが、水遊びをしているのを見て羨ましいなと思ったものでした。
今でもそこを通ることは有りますが、昔ほど子供たちが水に親しんではいないような気がしました。
地域の子供もあの頃に比べて少なくなったのもあるのでしょうね。
ただ記憶の川が汚泥に満ちているより、四季折々の花が咲く綺麗な流れのあるもの方が良いに決まっています。


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