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2004.08.16

僕が少年だった頃(12)-ウシガエル

子供の頃、僕が住んでいたところは廻りは蓮田と金魚の養殖池でした。
日が暮れ夜になると目の前の蓮田と金魚池から彼らの低い鳴き声が聞こえてきました。
その数無限、無数、すでに鳴き声という感じでは有りませんでした。
夏の暑さも有りますが地響きのような大騒音で夜中に何度も眼を覚ましていました。
ウシガエルの鳴き声の合唱でアルミサッシの窓が振動するくらい凄かった覚えがあります。
一度起きてしまうともう寝れません。
耳栓して布団かぶって必死に寝ようとしていましたっけ。

いきなりのウシガエルでカエル嫌いな方御免なさい。
夏の風物詩のようなウシガエルでしたので色々調べて見ると

英名がNorth American Bullfrog!
えっ日本生まれではないんですね。
1918年に、初めて東京にアメリカからウシガエルが持ち込まれた理由はずばり食べられるということでした。新たな蛋白源として環境の変化に強く、養殖が容易であることから彼らを輸入したのです。『食用ガエル』という別名もここから来ています。実際食べた方に話によるとウシガエルの足の身は淡白で、鶏肉に似て美味しいということです。しかし養殖地から逃げ出して各地の沼や池で野生化してしまいました。食用にしているかというと豊かになった日本ではわざわざ食べることは無いようです。大きいものでは20cm以上、体重500gに達し、平均でも9~15cmもあります。その食欲なのですが小さいヘビだと食べてしまうそうで、昆虫や魚、他の種類のカエルや、小鳥、ネズミ、コウモリなど口に入る生き物なら何でも食べてしまうかなりの悪食君です。増えた理由として魚たちに襲われにくいことが最大の理由のようです。彼らの卵やオタマジャクシは大変不味く、魚の口には合わないものになっているらしいのです。魚たちが嫌って食べない彼らはゆっくりと数を増やすことが出来るという訳です。

当時自動車はそれほど多くはありませんでしたがよく道路に出てきたウシガエルはオートバイに轢かれいました。
ペッシャンコになったウシガエルを近所のおばちゃんたちがせっせと池に戻していたのを覚えています。
睡眠の邪魔をする憎きウシガエルを捕まえては道路に放り投げていた少年の一人であったのも告白しておきます。
何時の日かそんな騒音にもなれて寝ることの出来る少年になりました。
最近聞くことの無いウシガエルの声、たまに聞きたくなる事もあります、たまにですがね。
ウシガエル
ウシガエル
ウシガエルの鳴き声

しかしオリンピックで日本国中が沸いている最中に全く関係ないエントリーして居ます。

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