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2004.05.20

僕が少年だった頃(3)-東京で潮干狩り

小学生の頃、遠足と言うことで学年全員で潮干狩りに行ったことがあります。
徒歩にしておよそ一時間、東西線の線路を越えてからは約20分くらいで目の前には防波堤と記憶しています。
防波堤の先には遠浅の海岸が広がっていました。
そこにはテトラも無く高速道路もJR湾岸線も無い純然たる浜辺だけが有りました。
その晩は家族4人の夕餉にアサリの味噌汁が出て翌日もまた味噌汁になったくらいのアサリが獲れたような気がします。

隣町の浦安も今では東京ディズニーランドが出来、都市開発がされ、整った町並みを形成していますが、
その頃はまだ漁師の町で川を隔てた対岸には沢山の漁船がつながれていました。

「行徳の俎板」って言葉ご存知でしょうか。
漱石の『猫』にこのフレーズが出てきますが、行徳や浦安の海辺でこのあたりの魚屋のまな板はバカ貝で擦れていることから、馬鹿で世間擦れしている人のことをそう呼ぶのだそうです。
今は死語ですが、今時こんなこと言ったら行徳・浦安在住の方に叱られますね。
そのくらい貝が豊富に獲れた場所だったんですね。

しかし小学校3年生を境に海岸の様子は一変してゆきます。
翌年にはどんどん埋め立てが沖に伸びて行き、しっきり無しのトラックの群れ、しばらくの間海の方には行けなく成りました。
そして遠浅の海はなくなりました。

そろそろ潮干狩りに最適なの季節がやってきます。
参考に千葉の潮干狩・木更津 潮干狩 情報 2004年・史上最強の潮干狩り超人などがあります。


時代が平成になった頃葛西臨海公園が出来、西なぎさでは潮干狩りの真似事が出来るように成りました。
あくまで真似事ですが嬉しいことだと思っています。

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